届きそうで届かない
決して捕まえることの出来ない水たまり
届いてしまったその手の中には
濁って汚れた自分のこころの泥水
捕まえられずに居たならば
きっとまだ追いかけていたはずなのに
捕まえてしまった、今となっては
ただただ呆けて見つめる手のひらの
愛だったなにか 水たまり
いつか貴方にと書いたあの手紙は
わたしの心を写したあの向日葵は
燃え尽きて灰になり涙で濁った
ただの泥水
あの日の、死に損なった私ごめんね
もうあの日決めた年齢まであと4年になってしまった
何も準備が整わないまま、あと4年だなんて
30までなら生きる
そう決めて惨めな惨めな死に損ないの続きをしている
あぁまた今日も死に損なったなあ、と何日も何ヶ月も、そして何年も
30まで生きたとして、それでもまだ死ぬ準備と覚悟が整わなかったらそれこそ本当に惨めな人生の始まりだなあなんて下らない事を最近はよく考えてしまう
考えないようにして死に損ないなりに生きてみて
それでもふと、立ち止まった時に1番に考えてしまう
あぁまた今日も死に損なったなあって
たとえこれが頭痛とかメンタルジェットコースターだとかそんな影響だったとしても、死に損なったとしか思えないのだ
何年経ってもいつまで経っても
大事に生きて早く死ぬ、に変わったと思ったけど
大事にできるほどの価値を未だに私の中には
見出せない
楽しいこと、好きなこと、好きなもの、
増えたところで死に損ないは死に損ないなのだ
何をどうしたって死に損ないなのだ
あの時死ななくてよかった と あの時死んでおけばよかった は同居可能なのだ
今日もまた
心臓が、止まる。
何度もくれた愛しい言葉に、心臓が止まる。
きっとあの頃とは、感じ方は違っているのだけどそれでも間違いなく貴方の「かわいい」に心臓が何度も止まる。
背中の毛が燃えるような恥ずかしさと嬉しさが私の心をいっぱいにする。
星は私の手に落ちて来て、それからもずっと輝いている。
星のくれる輝きが私を照らし、輝く。
段々と右の手の爪が内から燃えて剥がれるような快感にまた、心臓が止まった。
1.
あれはいつの出来事だったのだろうか。
りっちゃんと二人であのカヌーを見たのは。
昼と夜が入り交じった空にクタクタに溶けてしまいそうな一艇のカヌーは、まるで私達など、ここに居ないかのようにゆっくり、ゆっくりと空を滑っていった。
「沙希、あれ、乗ったことある?カヌーっていうんだって。あれに乗るとね……」そう言うとりっちゃんは口をパクパクとするだけで何も言わなくなる。次第に、顔もぼんやりとしてくる。
あの時、私はなんて答えたんだったか…。
そう思ったところで、子供の頃から使っている今では少し間抜けな音を鳴らすようになった目覚まし時計が朝を告げた。
夢はいつも同じところで目が覚める。
あの時りっちゃんはどんな表情をしていたのか、何を言っていたのか、何度同じ夢を見ても思い出せないのだ。
夢の続きにあるはずの過去の自分と、りっちゃんを思い出そうと眉間に皺を寄せたまま少し雑に歯磨きをする。やはり、思い出せなかった。
朝は決まってパンをたべるのだが、何故だかこの夢を見た日は大抵いつもより遅く目が覚める。結局何も食べることなく身支度をして嫌いなパンプスを履き会社へ走った。
慌ただしい朝をやり過ごして会社に着くと猫田が「何か懐かしッスねぇ、先輩がギリギリに出社とか」とからかってきた。この猫田という男はそういう男なのだ。何かあると必ず私をからかう。
猫田が入社してきた日、その日もこの夢を見たせいでいつもより遅く起き、この日はあろう事か、二分も遅刻してしまったのだ。しかも自席に着いたのは朝礼で猫田の自己紹介をしているタイミングだった。
あれから猫田は私のことを遅刻魔と思っているようなのだ。私が遅刻したのは後にも先にもその時だけだというのに。
今日は朝から猫田と外回りの予定で尚更遅刻だけはすまい、といつまで経っても慣れないパンプスで走ったおかげでつま先はすっかり瀕死だ。
「猫田さん、昨日の資料準備出来てますか?」
相手が誰であれ、さん付けで敬語を崩さないのが私のモットーだ。それ故に、猫田は私を舐めているが。
「ウッス!出来てるッス」
「じゃあ、行きますよ。」
「ッス」
猫田はまだニヤニヤしながら返事を寄越した。